東京高等裁判所 昭和34年(う)1564号 判決
被告人 李達永
〔抄 録〕
仍つて本件記録を精査し、原判決を仔細に検討勘案し、且つ当審における事実取調の結果に徴すれば、原判示事実すなわち本件公訴事実は原判決挙示の証拠により優にこれを証明することができるのであるが、被告人が判示一、の秋山より判示日時場所で五七年型自動三輪貨物自動車一台を返還するまで抵当名下に交付させてこれを喝取したのと、被告人が判示二、の日時場所において、判示川島、粟飯原、秋山等より現金二十万円を交付させてこれを喝取したことは、いずれもその交付を受けた日時、場所、交付物件等に違いはあるけれども、その交付たるやいずれも判示一、の如き同一恐喝取段に基因するものであつて右は包括的に一罪を構成するものと認めるのを相当とするのである。然るに原判決が二個の恐喝罪として刑法第四五条前段第四七条第一〇条を適用したのは正しく事実を誤認し延いて法令の適用を誤つたものであり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、此の点において結局論旨はその理由があり原判決は破棄を免れない。
仍つて他の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第三八二条第四〇〇条但し書に則り原判決を破棄し、更に当裁判所において直ちに判決する。
罪となるべき事実
被告人は昭和三三年五月初頃、農業川島昭義当五七年、同粟飯原憲当五一年、同秋山徳二当四二年、同湯江次男当五二年等四名が、佐倉市畔田所在の元軍用地の内約二町歩を予して入植開拓を希望していた農業早川徳三郎当四二年に対し、開拓地として反当り四万円計八十万円で政府より払下の斡旋をしてやると称し、其の運動資金名下に右早川より前後二回に亘り内金として計三十万円を収受し、互に残金五十万円を要求していたところ、右早川が右原野の払下に不審を抱き知人土地建物周旋業佐藤久当七五年と相談の上、右川島等に対し、払下運動の依頼を断り、且つ先に交付してあつた右三十万円の取戻等を交渉せんとしていることを知るや、これに介入して、右秋山方より金員を喝取しようと企て、同年六月一三日正午頃、右佐藤と共に千葉市若松町八七二番地の右秋山方に至り同人及び右粟飯原憲に対し「手前等は払下の出来ない土地を払下げ出来ると嘘をついて早川から金を取つているが、一体どうしてくれるんだ、ふざけた野郎等だ、手前等は詐欺だから警察にぶち込んでやる」等と威丈高になつて怒鳴り、更に傍にいた右佐藤に対し「八街の田中組の若衆を連れて来てくれ」等と申向け、同人等を畏怖させた上、更に同日午後四時頃千葉市稲毛町一ノ八三一番地所在清澄旅館に至り、同旅館において、右川島、粟飯原、秋山及び湯江外一名に対し、同人等の周囲に何れもアロハシヤツを着た愚連隊風の男二名を配置して凄味を効かせて置き「此の土地払下は解約だ、県と組合の方を調べて来たが、あの土地は払下が出来ないことになつている。手前等は詐欺だ、今晩中に三十万円そろえて早川に返してやれ、若し返せなかつたら秋山と粟飯原をよそに連れて行つて預つておくから、その間に湯江と川島で金を作れ、金を持つて来たら帰してやる、それが出来なければ秋山のアパートかオート三輪を抵当として寄こせ」と荒々しく申向け、更に右川崎、秋山及び粟飯原等に対し「俺に二十万円寄こせば手を引いてやる、これだけの仕事だから二十万円はびた一文も負けられない、六月一八日に早川に五十万円払つて来させるから其の内から俺に二十万円くれ、それをくれたら払下を継続するなり解約するなり自由にしてよい」と申向け、同人等をして若し右要求に応じなければ如何なる危害或いは右原告払下の妨害を受けるかも知れないと畏怖させ因つて翌一四日午前一一時頃同旅館において右秋山より五七年型自動三輪貨物自動車一台(時価四十万円位)を前記内金三十万円を返還するまでの抵当名下に交付させ、続いて同月一八日午後二時頃千葉市汐見ケ丘七番地飯食店武井辰司方に前記川島、粟飯原及び秋山等を連れ出した上、同店階下四畳半の間において右早川より右川島等に対し前記払下運動金の残金として四十万円を交付させた上、右川島及び粟飯原より即時同所において現金二十万円を交付させていずれもこれを喝取したものである。
(山本謹 渡辺好 目黒)